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8割妄想Blog

このブログの8割は妄想です。過度な期待はしないで下さい。

2013 秋アニメ選評3

世界でいちばん強くなりたい!

  • 声優:竹達彩菜さんの喘ぎ声を合法的に聴けるアニメーションは本作だけである。ついでに戸松遥さんのドS攻め声も聴けるのは、声豚的にうれしいゾ!ちなみに、筆者が本作を見ている時に、部屋に父親が入って来た時の微妙すぎる空気感は言うまでもない。
  • 特に後半の展開が面白かった。世界チャンピオンの来日、謎の仮面レスラーであるブルーパンサー登場など、バカらしくも面白いストーリーが怒濤の展開であった。
  • 後半の作画の乱れは残念であった。しかし久城監督作品特有のムチムチした美少女が、あられもない姿でくんずほぐれつというかプロレスしている風景は、見ていて心地の良いものである。
  • 「女子プロレス」というあまり聞き慣れない題材の、原作漫画およびアニメは新鮮であった。放送当初は「どうせアーススター…」と馬鹿にしていた気持ちは、最終回の頃には消え去っていた。日本にもかつてはビューティペアなどと言って、女子プロレスが、一般大衆にとってのある種のアイドル的なエンタメ性を持ち合わせていた時期があった。この作品を通して、女子プロレスに興味を抱いたキモヲタ達も多いはずだ。
  • 最終回のさくらとエレナの今後については、彼女達が過労死しないかどうかだけが心配である。

アウトブレイク・カンパニー

  • 全編に散りばめられた分かる人には分かる"パロディネタ"に毎回笑わされた。やはり1クールに一本はこういったパロディネタアニメがあると良い。
  • ミュセルとペトラルカの対比型ヒロインは良かった。今期の対比型ヒロインアニメの筆頭は小木曽雪菜と冬馬かずさのWHITE ALBUM2だが、こちらもお忘れなく。
  • 「なんちや おかえり」の下りは、リアルタイムで見ていた僕にとっては面白かった。実は筆者の初深夜アニメは「みなみけ」である。しかし分からない人には全く分からないので、人を選ぶネタであったろう。

俺の脳内選択肢が、学園ラブコメを全力で邪魔している

  • こちらもタイトルからしてクソラノベ。内容もクソラノベ全開だったが、振り切れた馬鹿さ加減に毎回笑っていた。最終回のカオスは逸材。
  • 主人公の声優、豊永利行さんの演技というか、しゃべり方が非常に面白かった。彼でなければ、ここまで面白くはならなかっただろう。純粋に2期が見たい。
  • オープニングの逆立ちは斬新。制服姿の美少女の逆立ちブーム来るか!?

てさぐれ!部活もの

  • 帰宅部活動記録の後番組。全編Miku Miku Danceで作られている。全体的にgdgd妖精sの焼き直し的感は否めない。
  • 特に西明日香さんの下ネタ好きがよく活かされたアドリブパートは、声豚達の栄養素。
  • "よくあるアニメのオープニング"を全開で揶揄したオープニングは話題にもなった。
  • ほぼ声優初挑戦の高橋葵役、モデルの荻野可鈴さんの声質は、萌豚好みで中々ブヒれた。

 

2013 秋アニメ選評2

のんのんびより

  • 前クールの「きんいろモザイク」終了で、荒廃したキモヲタの心のオアシスとなってくれたその存在意義は、今期のどのアニメにも果たせぬ尊い役割。ロリ巨乳好きの変態クソ野郎筆者にとっても嬉しい作品です。
  • 特に大きな事件もイベントも何も無く、単に過ぎていく日常。しかし決して忙しなくは無く、そんな日常の中にも子供たちはたくさんの発見をし、気づかないうちに成長している。これぞTHE・田舎である。そんな田舎の小さな学校の生徒たちの日常を、都会でブヒブヒ言っているキモヲタである我々に見せてくれたこの作品には、純粋に「感謝」の念しか湧かないのである。のんびりは、感謝。
  • 背景の美しさはここ数年でも相当の出来である。むしろ実写以上に美しく強調された、青々とした草花。遠く霞む山のうっそうとした森。せせらぎ七色に輝く小川。田舎の日常と同じく清々しすぎる青空と、二度と同じ日は無い日常を示すかのような決して同じ形は無い流れる雲。そうだ、田舎行こう。

リトルバスターズ!~Refrain~

  • 1期にあたるアニメ「リトルバスターズ!」からの全ての伏線が回収され、現実の世界に戻ってくる主人公たちのハッピーエンドを描いた今作。予定され、予測されたハッピーエンド。しかし良いのだ。キモヲタはハッピーエンドが大好きである。
  • のんのんびよりにも負けない背景の美しい描写は評価できる。大きな作画の崩れも無ければ、声優の演技はピカイチ。文句の言いようが無い。
  • リトルバスターズ!」アニメ化の際に、制作会社が京アニではなくJ.C.STAFFである事に落胆したアニヲタ達も多かった。故に言わば"マイナス評価からのアニメ化"(もちろん原作はすばらしい)であったが、今~Refrain~の最終回を見終わった僕らには、当初の落胆など記憶の彼方である。(そんな京アニの今期作品は…)
  • ゲームの感動をそのままに、うまくまとめ上げた作品。構成の果たした役目には拍手を送りたい。

勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。

  • タイトルだけ見るとクソラノベ臭く、放送序盤は私もそう思っていた。しかし、回を重ねる中で、キャラクターを好きになっていった。作画も安定していたし、おっぱいもいっぱいでなんだかんだ最終回まで楽しめた。
  • ヒロインのフィオが、経済の本質に気づいた所は良かった。自分がお金を稼いで好きな物を買う。それの連鎖が経済の本質であり、他の生物と異なる、人間の社会システムの基盤である。作中でこういった描写が丁寧に成された事は、非常にすばらしい。逆にこういった描写が無ければ、TOP10入りは無かっただろう。
  • 家電量販店好きの筆者としては、ヤマダ電機をもじった『アマダ』なる作中のライバルチェーン店の登場はツボった。
  • 出演声優の顔ぶれがあまり知らない人たちだったのが良かった。何度も聞いた声だと、中の人の顔が出て来てしまうが、今作はそういう事が無く、物語に集中できた。

2013 秋アニメ選評1

WHITE ALBUM2

  • 第一話のアバンは学園祭ライブから始まり、最終回エンディングもそこに帰結するという演出の妙はここ最近では一番の出来。
  • 主人公のクズさ加減が、まさにWHITE ALBUM。まあ初代ほどでは無いが、しかし正に往年のエロゲー主人公。これです、エロゲーの主人公とはこうあるべきなんです。最近の主人公はみんな(心も)イケメン過ぎて全く感情移入できないです。僕たちキモヲタなんですよ?かわいい女の子(小木曽雪菜、冬馬かずさ)のどっちからも好意を抱かれて、それで「こっちだ!」なんて選べるわけないじゃないですか!そんな風に余裕こいて"自分が好きな方を選ぶ"なんて事できるわけないじゃないですか。いいですか?キモヲタに女の子を選ぶだなんて権利も能力も器もないのです。それを地で行ってくれた北原くんのような主人公こそ、憎むべきそして"愛すべき"主人公なのです。
  • 都会の冬の空気感の描写が繊細で良かった。大学生編・社会人編のアニメ化も期待したい。

蒼き鋼のアルペジオ-アルス・ノヴァ-

  • 放送前は全く作品名を知らなかったが、最終回に向けて猛烈に面白くなっていった。文句無しのダークホース。
  • 戦艦のメンタルモデルというアイデア自体は、ざっくり言えば「電子精霊」みたいな概念なので、新鮮味はないが、この作品のテーマになっている「自分たちはどこから来たのか、自分たちは何ものか」という彼女たちの「アイデンティティ」の探求を、しっかりと全編に渡って軸に据えていたので、ブレがなかった。
  • 主人公:千早群像役の声優、興津和幸さんの演技が良かった。特に第10話「その身を捧ぐ」で、千早群像が死に向かって弱っていく中でもイオナを気遣い、任務を全うしようとする消え入りそうな声の演技にはシビレた。
  • 戦艦バトルの迫力と緊張感は宇宙戦艦ヤマトにも通づる男のロマンである。

ワルキューレ ロマンツェ

  • 昨今まれに見るエロゲーの良アニメ化例。作画よし、声優の演技よし、ストーリーよし。文句のつけようが無い。
  • 「ジョスト」というスポーツの存在をこのアニメを見て初めて知った人も多いだろう。ジョストの普及に貢献したとして全日本ジョスト連盟(架空)から感謝状が送られても不思議ではない。また、ジョストシーンのCGも圧巻の迫力と美しさ。8bitのCG技術には脱帽である。(IS2の事は黙っておこう…)
  • こちらの主人公はWHITE ALBUM2の主人公とは全く逆の人格者。心も顔もイケメンである。ただ欠点を一つ挙げるとすれば、声優の演技である。まだ新人という事もあり、役の設定という事もあるかもしれないが、感情を声に乗せる技量は今後に期待といった所だ。しかし、それが逆に良いのである。考えてもみてほしい、例えばCV福山潤とかCV神谷浩史とかの超絶イケメンボイスであったら、このアニメを最後まで見続ける事ができただろうか?不可能である。これぐらいのボイスの方がむしろ良いのだ。欠点と言いつつこれは評価点である。
  • ヨーロッパの町並みの美しさ。丘の上にカテドラル(教会)があり、石畳の路地が張り巡らされていて、夕焼けの描写も映える東欧風。むしろもっと町並みにフィーチャーした回があっても良かったくらいだ。

2013 秋アニメランキングTOP10

今期最終回を迎えたアニメについて、私的なランキングを発表いたします。そのまえに、最終回を迎えたアニメの中で、1話から切らずに見た作品を先に示しておきます。

ではいよいよランキング発表です。

 

 

 

 

  1. WHITE ALBUM2
  2. 蒼き鋼のアルペジオ-アルス・ノヴァ-
  3. ワルキューレ ロマンツェ
  4. のんのんびより
  5. リトルバスターズ!~Refrain~
  6. 勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。
  7. 世界でいちばん強くなりたい!
  8. アウトブレイク・カンパニー
  9. 俺の脳内選択肢が、学園ラブコメを全力で邪魔している
  10. てさぐれ!部活もの

作画賞:のんのんびより

ダークホース賞:蒼き鋼のアルペジオ-アルス・ノヴァ-

演出賞:WHITE ALBUM2

 

以上です。選評については別に書きます。

人類が向かう先とは

 最近、ゲイやレズビアンなどのセクシャルマイノリティの人がフィーチャーされる事が多い。その背景には、こうした多様な人たちを受け入れる社会が成り立って来た、つまり"ある程度の余裕"ができたからだと考えている。

 「自閉症スペクトラム障害」という言葉を聞いた事があるだろうか?今までは、自閉症アスペルガー症候群・学習障害(LD)・注意欠陥多動性障害(ADHD)などと、様々な発達障害がカテゴライズされてきた。しかし、LDだけどアスペルガーもある人や、ADHDアスペルガーを併発している人など、これら発達障害は明確に区別できず、実は自閉症を頂点とした"発達障害というおおきな括り"の中の、連続体=スペクトラムであるという考え方が出て来た。これが、「自閉症スペクトラム障害」である。実は、自閉症スペクトラムには、健常者も含まれている。例えば、「内向的な性格の健常者」と「自閉症的である人」の完全な境界線はないのである。つまり、「個性」から「発達障害」への連なりもスペクトラムであるのだ。詳しい事はググって頂きたい。何はともあれ、こういった発達障害の患者というのは近年増加傾向にある。

 不妊症に悩む夫婦が増えている。不妊症の原因は、完全に解き明かされたわけではないが、母体である女性の身体・精子提供元である男性の身体、どちらかに問題があるからと考えられる。もしくは心理的な問題もあるのかもしれない。

 

ここまで挙げた三例について共通する事は何だろうか。考えてみよう。

  • 社会の近代化と共に増えて来た、あるいは認知されて来た
  • 先進国で社会問題として問題視されることが多い
  • 子孫を残す際のディスアドバンテージ

といった所か。私は一つの大きな疑念、というか考えというか、そういうものを三例は示唆しているのではないだろうかと考えてしまう。

 

平和という生物学的に不自然な環境が、人類の変質を引き起こしているのではないか

 

先進国を中心として、人類社会は基本的に平和である。しかし、生物にとって平和とは、「不自然な状態」だ。野生動物はどうだろう?力の弱い物は群れからも見放され、捕食者の餌となる。捕食者側(例えばライオン)も、狩りが下手な個体はあっという間に餓死する。野生動物基本的人権社会保障も無い。つまり、「弱い個体とその遺伝子が淘汰される環境」こそが生物にとって自然な状態なのだ。しかし、「平和という不自然状態」を確立してしまった人類においては、それが破られる。つまり、淘汰されるべきであった遺伝子が生き残り、生物としての大切なモノ=生存本能が失われて来ているのではないだろうか。さもすれば、発達障害や通常とは異なるセクシャリティを持つ人類が生まれて来ても不思議ではない。たとえばゲイやレズビアン同士のカップルは子孫を残す事は不可能だ。これは、「子孫を残す事に意義を持たない人類」が出て来た、とも考えられる。不妊症についても同様だ。生物の身体的・本能的機能としての生殖能力が退化しているとも思える。

このような恐ろしい考えを私は抱いているのだ。全く的外れである事を願うばかりだ。

ちなみに私は、セクシャルマイノリティや自閉症スペクトラムなどについての偏見等は持っていないつもりであるし、優生学的な思想も持ち合わせていない。単に、"ふと脳裏をよぎった恐ろしい考え"でしかないのである。

妹論 第三回

「ただいま」 

家の扉の鍵を空けても返事はない。私が学校から帰ってくる時間には、大抵家族の誰も帰って来てはいない。私は二階にある自分の部屋へ向かう。ソックス越しにフローリングの冷たさが伝わってくる。

リボンだけ外して制服のままベッドに寝転ぶ。

「静かだなぁ…」

いつもの事だ。両親は昔から共働きで帰りが遅い。

両親とは言ったもの、本当の親ではない。私は幼い頃この家に引き取られた、言わば"もらわれっ子"である。実の両親の顔は知らない。だけど引け目を感じた事は無い。この家族は、私の事を本当の家族として受け入れてくれた。真っ当に育ててくれた。

「ハァ…」

ため息を一つ吐いてベッドから起き上がる。そのまま私は自分の部屋を出て、隣の部屋へ向かう。

部屋に入る。自分の部屋とは違う匂いがする。お兄ちゃんの部屋。お兄ちゃんと言っても実の兄ではない。理由は、先述の通りである。

お兄ちゃんのベッドに倒れ込むように突っ伏す。

「すーっ」

大きく行きを吸い込む。身体の中が、私の好きな人の匂いで満たされる。

 

私は、お兄ちゃんが好き。

 

これが私が家に一人でいる時の通常業務だ。こうして自分の身体に染み込ませる。毎日毎日。

実の両親を知らず、施設で育った子供というのはどこか心に隙間を持っている。自分とは何か、他人とは何か。分からない。難しく言えば、アイデンティティが無い。とにかく、私は幼いながらも私という存在の意味を求めていた。

あるとき私に家族ができた。つまり、私に里親を名乗り出てくれた家族があったのだ。その後どういった手続きを経て、私は家族の一員になったのかは、もう憶えていない。だけれど、唯一おぼえていることがある。

嬉しいという感情。家族ができたという事。そして、

 

お兄ちゃんができたという事。お兄ちゃんが私の心の隙間を埋めてくれた。

 

お兄ちゃんは私に、本当の妹の様に接してくれた。いや、きっと実の妹以上に大切にしてくれたんだと思う。兄を持つ友達と話していると、世間一般の兄妹仲の程度というものが分かる。それに比べたら、きっと私たちは"仲がいい"兄妹なんだと思う。

 

私は、お兄ちゃんが好き。一人の男性としてのお兄ちゃんが。

 

好きになった理由なんて分からない。気づいた時にはもうお兄ちゃんを一人の男性として意識していた。

 

私の事を誰よりも分かってくれた。

私に誰よりも優しくしてくれた。

私のことを誰よりも大切にしてくれた。

 

たったそれだけの事。でもそれって、世間一般の女の子が恋をする理由としては普通のこと。じゃあ兄妹間であったとしても?

私はこの気持ちを幸せな事だと思っている。好きな人がいる、それってすごく幸せな事なんだ。だけど…

お兄ちゃんを一人の男性として好き、ということは、つまりお兄ちゃんの事を"所詮他人"とどこかで考えているからじゃないのだろうか。だってそうだ。実の兄であったら好きになっていたか、恋をしたか。いくら大切にされたとしても、実の兄に恋をするだろうか。

 

きっとしない。

 

私はお兄ちゃんの気持ちを裏切っている。お兄ちゃんは私の事を

 

実の妹

 

として思ってくれている。なのに私は、お兄ちゃんの事を

 

他人

 

と思っている。自分の考えている事は自分が一番分かっている。そう、私はお兄ちゃんの事を

これっぽっちも"兄"

として認識していない。一人の男性として見ている。私がこの恋を正当化してしまったら、それはお兄ちゃんに対する裏切り。

お兄ちゃんは本来"他人"である私に"妹"として接してくれた。"妹"として大切にしてくれた。なのに私はお兄ちゃんの事を"兄"として見ていない。こんなの裏切りでしかない。やっと与えてもらえた居場所を、アイデンティティを否定する事になる。同時に私の中には

 

お兄ちゃんに、自分の事を一人の女として見てほしい

 

という想いが芽生えている。それもまたお兄ちゃんを裏切る想い。自分を否定する想い。

妹になりたいのか、なりたくないのか。女として見て欲しいのか、欲しくないのか。

自分でもわからない、ウソ。本当はわかってる。

妹じゃ嫌だ、女として見て欲しい…



「…よし」

充分身体は満たされた。いや、ウソ。本当はお兄ちゃん本人に抱きしめてもらえるのが一番なんだろうけど…今はこれでガマン。

私はその後、お兄ちゃんが帰ってくるまで宿題をした。お兄ちゃんが帰ってきたら勉強を教えてもらう口実で、2人だけの時間ができるのを期待しながら。

妹論 第二回

義妹の必然性の具体化

 第一回にて、「義妹というカテゴリの自己矛盾性」について述べた。しかし、今回の第二回については逆に「義妹故の必然性」について具体化し、"義妹ヒロインの可能性"について触れていく。後半にはexampleとしてのSSを載せる。

 義妹と兄(主人公)との関係性においてのある程度の前提を提示しておく。

  • "兄妹"関係になったのはお互いが幼い頃であり、物心付く以前である。
  • 義理の兄妹関係である事は双方・主要な知人は皆知っている。
  • 連れ子同士・義妹ないしは兄片方のみが養子であるかは、特に問わない。

 ここで物語に"必然的な萌え"をもたらす重要な要素として、"兄妹"関係は双方が物心付く前から形成されているという事がある。あくまで義妹は"妹"である。

ついぞ一週間前に突如として"妹"となった…

などの設定は、そもそも「妹というカテゴリ」から逸脱している。こういったエロマンガも無い訳ではないが、これは単に物語りの簡潔さと、セックスシンボルとしての"イモウト"でしか無く、今回の妹論の中で語るべきモノではない。

 同時に重要な要素として、既に自分たちが義理の兄妹関係である事を当事者たちが知っている必要性がある。なぜなら、もし当事者たち本人は自分たちの事を「本当の兄妹」であると思い込んでいるならば、それはもはや本人たちにとっては「実兄妹」に他ならないからである。第三者(読者も含め)たちが「義理の兄妹」である事実を知っていても、知らなくても、当人(特に妹)の持ちうる心理は当人たちが知りうる情報にのみ形成されるため、今問題提起している

「義妹故に持ちうる葛藤=必然性」

についての前提にはなり得ないのである。

 ここまで書いて少々前置きが長くなってしまった。故により具体的な"必然性"については、第三回に持ち越す事とする。